B‐1Bランサーを観た
2025年初頭より三沢基地へ展開されたBTF
アメリカ空軍爆撃機部隊の実働展開作戦であるBTF ”Bonber Task Force”(爆撃機任務軍)。
2018年から戦略爆撃機の展開のコンセプトとして導入されたもので、数週間から数ヶ月の短期間欧州やインド太平洋地域に部隊をローテーション配備するというものです。具体的な地域はイギリス、ノルウェー、グアム、オーストラリア、英領インド洋ディエゴ・ガルシアといった前方展開の米軍基地で配備されてきたようですが、今年2025年に入り、青森県三沢基地に戦略爆撃機B‐1Bランサーが飛来するようになりました。”BTF”が日本に展開し正式にローテーション配備され作戦行動拠点とされるのは史上初とのことです。やはりこの展開の念頭にあるのは中国と北朝鮮と言えます。
2月にサウスダゴタ州エルスワース空軍基地の第28爆撃機航空団第34遠征爆撃飛行隊、4月15日にはテキサス州ダイエス空軍基地の第7爆撃航空団第9遠征爆撃飛行隊がグアム島アンダーセン空軍基地経由で三沢基地に4機が移動。
拙者も戦略爆撃機を目前にしたことは一度もなく、この機会と思い立ち三沢飛行場への遠征を5月中旬に予定しましたが、出発日直前にB1‐Bは全機本国へ帰還。タイミングを逸しました。

三沢飛行場へ遠征、戦略爆撃機を目の当たりにする
それから約5ヶ月後の10月15日にX投稿にB1‐B三沢に再飛来の情報!!三沢飛行場は10月上旬の日米豪共同訓練(武士道ガーディアン2025)があり遠征したばかり。しかしこの機会を逃すまじと再び遠征することに決定。
自宅を早朝出発、始発で在来線〜新幹線を乗り継ぎ八戸から軽自動車レンタル移動と三沢遠征お決まりのパターンで午後2時頃現地到着。
とりあえず空港展望デッキに出て様子見。航空自衛隊F‐35中心にいつものように飛び交う中、デッキには顔見知りの方もいて、聞いてみましたがこの日のB‐1Bのフライトはこれまで無いとの事。午後4時が過ぎて日没が近づき、宿に向かおうかと考え始めたところ、B‐1Bと思しき無線交信が流れ、暫くするとタキシング開始、1機がその姿を見せました。

初めて目前にした戦略爆撃機に震えました。当然ながら兎に角大きい機体。タキシングの騒音は大人しめ。そして4発のアフターバーナー点火での離陸開始。GE/F101 x 4機の発する轟音は凄まじくロケットの点火を彷彿とさせるものでした。


幸先よく到着日に出会すことができ、その晩は美酒に肖ることができました。
B‐1Bの離着陸は早朝、夜間に及んでいるようなので、翌日2日目は早朝6時半から日没まで三沢で待機しましたが、B‐1Bは飛ばず。
3日目。早朝から三沢に展開しましたがB−1Bは午前中現れず。自衛隊F−35が盛んにローアプローチ、タッチ&ゴーを繰り返していました。

三沢空港展望デッキは正午頃雨が降り始め、レンタカーに退避。とほぼ同時にコールサインリクエストの無線がありました、”Spicy11”。
展望デッキに戻って雨も上がり、待つこと40分ほどで現れたB‐1B。今度は2機編隊でした。

2機の戦略爆撃機のタキシングは迫力があり、これはこれでまた痺れました。
離陸後待つこと4時間程。日没が迫り、長時間ミッションで戻りは夜間なのかと着陸撮影は諦めて宿に戻ろうとしたところ、レーダーコンタクトの無線。どうやら戻ってきそうです。なんとか捕まえることはできましたが、日没後と撮影技術の未熟さもあり残念な写真に。

この当日午前中に北朝鮮の弾道ミサイル発射の報道もありましたが、この日のフライトとの関連はどうだったのでしょうか。
帰路前の翌日午前中三沢基地に向かいましたがB‐1Bは現れませんでした。しかし約3日間の三沢遠征で2回拝むことができて幸運。現運用機数が47機程しかなく、2030年代には退役予定の機種ですが被写体としては本当に逸材だと思います。11月半ば一ヶ月の三沢展開が終了し、本国に帰投したようですが、今後も三沢展開が期待できそうな雰囲気です。
と同時に米軍戦略爆撃機が日本でローテーション配備される安保環境となった昨今の現状は憂慮されるところですが。
