対米海軍空母機動艦隊が主な目的

ロシア/ソ連が対艦ミサイルを重視した背景
 古のソビエト連邦は米国に対抗する戦略兵器として潜水艦発射式弾道弾(SLBM)を運用することを大陸間弾道弾(ICBM)とともに大きな柱の一つとしていましたが、弾道ミサイル原潜(SSBN)の運用海域(北極海、オホーツク海)において米海軍の空母機動部隊等の戦力を排除、接近阻止することが重要でした。
 米空母機動部隊の護衛艦や護衛航空機等を配備した強力な防御を突破することを念頭にロシア(ソ連)に於いては”対艦ミサイルは重要視”、夥しい種類が開発されて、地上、空中、水上、水中の多様なプラットホームから投射する運用方法を採ります。
 空中からの(空対艦(地)ミサイル)の投射は陸上基地から発着する攻撃機、爆撃機が使用され、その運用はソビエト海軍(状況に依っては空軍戦力も加わることになっていました)が担っていました。昨今の中国人民解放海軍に於いても戦闘機、爆撃機等が陸上基地から運用されている機体も存在していて、この流れを汲んでいる事が垣間見えます。特に空対艦ミサイル(米空母を念頭に開発されたもの)を航続距離の長い爆撃機で運用することは、米空母機動艦隊の防空網圏外から投射する上で、ミサイルが長射程、大型であることから最適解とも言えました。
Kh‐22(AS‐4:米軍呼称)の開発まで
 ソビエト連邦は1948年より爆撃機搭載の長射程ASM(空対地ミサイル)の開発に乗り出して、AS‐1”ケネル”(西側呼称)を1950年代後半に配備開始します。以降1960年代初頭にはAS‐2(ソ連制式名K‐10)、AS‐3(Kh−20)を配備します。上記3種のミサイルはジェット推進で後退角のついた主翼及び尾翼があり”無人航空機”のような容姿が特徴でした。3種及び後述のKh−22はミコヤン設計局のミサイル部門で開発され、このミサイル部門は1966年にラドゥーガ機械設計局として独立しました。

Tu−95胴体下に搭載されたAS‐3”カンガルー”(Kh‐20)は大型無人航空機といった容姿(open source)

Kh‐22”ブーリャ”(暴風雨の意)は開発開始が1958年、配備開始は1960年代前半?(1962年、1963年、1964年等諸説あり)です。
Kh‐22の概要
 Kh‐22(AS‐4)はそれまでのAS‐1〜AS−3と異なり、動力は液体ロケット推進であり、外観も無人航空機の容姿からより現在のミサイルに近い形状となりましたが、航空機並みの大きさは維持されました。全長は約12m、直径0.92mで弾体の半ばに前縁後退角75°の小さめのデルタ翼(翼幅3m)、尾部に4枚のフィンが設けられています。
 Kh−22のエンジン”R‐201‐300”は大小2つの噴射ノズルがあって、液体推進剤として抑制赤煙硝酸(IRFNA)を酸化剤、非対称ジメチルヒドラジンとテトラニトロメタンの混合物を燃料として使用しています。弾頭は核弾頭で(核出力350kT)、通常弾頭ではHE(高性能炸薬)約1000kgです。

Tu‐22翼面に搭載されるKh‐22 大小2つの噴射ノズルが見える(Open source)

 ミサイルは大きく4つの区画から構成されています。Kh‐22PG等(下記参照)のアクティブレーダー方式では先端から順に、第1区画にはプラスチック性電波透過性ノーズコーン(レドーム)とその内部に収められた機械式アンテナブロック、アクティブレーダー誘導シーカー、その冷却システム、センサー、そして弾頭と起爆装置・信管等で構成されています。ノーズコーンはミサイルの空力加熱に伴う(350〜400°C)高温の対策に苦慮したようです。第2区画は約3000kgの酸化剤AK27I(赤煙硝酸)のタンク。この第2区画のほぼ中央側面にハードポイント接続部の懸架装置が設けられています。第3区画は約1000kgのTG‐02燃料(非対称ジメチルヒドラジンとテトラニトロメタン混合物)タンク。第4区画は窒素ガスタンク、オートパイロットユニットAPK‐22、バッテリー、タンク加圧ユニット、電動アクチュエーター・電動モーター、油圧操舵装置等、そして最後部に位置するのが二室式(ターボポンプは単一で共通)の液体推進ロケットエンジン2R01‐300です。燃料と酸化剤の充填口は最尾部に設けられています。

Kh‐22の機構図(Open source)

 Kh‐22は巡航高度や誘導方式等で多岐に渉るバリエーションがあり諸数値も変わってきますが、一例として高度10,000〜14,000mで発射後、高度22,500mまで上昇して約マッハ3で巡航飛行に移行、その後目標探知して垂直面のアンテナが既定値を感知すると地平線に対して30°の角度で約マッハ4で目標に突入ダイブします。低空巡航モードでは高度12,000m、マッハ1.2まで下がるようです。発射時の推力は8,460kgfになり、加速し最大速度到達時に達して、巡航移行後は推力は1,400kgに維持され、目標突入のフェーズに移行するとエンジンカットとなり急降下ダイブします。
 誘導方式は中間誘導が慣性航法(IN)、終末誘導がアクティブレーダーホーミング(ARH)またはパッシブレーダーホーミング(PRH)(対レーダー型のKh‐22P、Kh‐22NPに採用)といった空対艦ミサイルでは一般的な方式です。
 射程は発射母機の速度、発射高度、巡航高度等に依って変わり、以下の数字が(ミサイル自体も多くのバリエーションがあり参考値?)伝えられています。

発射速度(km/h)9501,4001,720
発射高度(km)101214
射程(km)400500550

 射程については140km〜600kmの範囲とする資料が多いようです。
Kh‐22のバリエーション
 冷戦期での対米空母を主目的とした配備開始後、半世紀以上に渉り運用されているKh‐22は多くのバリエーションが存在し改良が続けられてきました。
・Kh‐22PG : 1968年頃実用段階となった基本型。核弾頭と通常弾頭の2種類が用意されました。終末誘導はアクティブレーダーーホーミング。
・Kh−22PSI : 1971年頃実用段階になりました。発射母機からの目標指示後ドップラー航法装置で完全自動操縦で飛行。そのための機構がミサイル下部に取付けられています。誘導方式の違いから機種部分は金属製になっている。
・Kh‐22MA(Kh‐22MPSIとも伝わる) : 1974年頃実用段階になりました。Kh‐22PSIの射程が延伸されたバージョン。
・Kh‐22MP : 1974年頃実用段階になりました。終末誘導で標的の防空用レーダーの電波にホーミングする(パッシブレーダーホーミング方式)。
・Kh‐22P : 1976年頃実用段階になりました。パッシブレーダーホーミング方式で弾頭の威力は低くなっている。
・Kh‐22M : 1976年頃実用段階になりました。上記Kh‐22PGの後継で射程が延伸されました。
・Kh‐22N各型 : 1976年以降に実用段階になったようです。それまでより母機から低空(1,000m〜8,000m位)から投射し、敵レーダー探知を回避する意図で巡航高度も1,000mまで選択できた低空投射のバリエーションです。低空飛行のこの形式では速度と射程(航続距離)は大幅に低下することになります。Kh‐22Nがアクティブレーダーホーミング方式。Kh‐22NAは上記PSI型に相当する慣性航法方式で地形補正(TC:地形等高線照合(TERCOM方式に類似))も備わっています。Kh‐22NPは上記P型に相当するパッシブレーダーホーミング方式。
・Kh‐32 : 1980年代後半に開発が開始されたとされるKh‐22を大幅に近代化した型。ソ連崩壊後の資金難等の事情から開発作業は何回も凍結され2016年末に制式配備となりました。Kh‐22と同形状ながら弾頭の小型化と燃料タンクの増加が計られました。

Kh‐22の運用構想
 Kh‐22は核攻撃の一端を担う事に加え、通常兵器による艦艇攻撃が大きな任務であったことが各仕様の存在から分かります。Kh‐22の主な搭載機はTu−22K”ブラインダーB”、Tu−95”ベアG”、Tu−22M”バックファイア”です。
 特に1969年に完成したTu‐22Mに搭載されたKh‐22対艦ミサイルの飽和攻撃は米空母機動艦隊にとって大きな脅威とされていました。可変後退翼を採用した当時の先進的なTu‐22爆撃機はマッハ2級の戦闘機並みの速度と2,400kmの戦闘行動半径を有して、射程600kmの超音速長距離対艦ミサイルKh−22を最大3発搭載する(機体の機動性を考慮して2発の携行が基本とされていたようですが)強力な対艦攻撃能力を持っていました。それに加えて運用される同爆撃機は連隊単位の24〜30機の編隊で出撃する構想だったとされていますので、48〜60発のKh‐22が米空母機動部隊に投射されることになります。また、Kh‐22の誘導方式と飛行高度のバリエーションを駆使した多方向からの飽和攻撃も想定されました。

Kh‐22ミサイルを翼面下に搭載のTu‐22M

 まず敵艦隊の哨戒偵察はTu−16,Tu‐22、Tu−95の偵察型が使用されていましたが(水上艦艇、潜水艦から対艦ミサイルを投射時も同じ)、相手の米空母艦隊がF−14”トムキャット”を中心にした強力無比な防空網を敷いていた事でこの行動に制限が掛かることから、ソ連海軍はMKRTs(海軍偵察・目標補足システム)といわれる人工衛星のシステムを運用しました。これはアクティブレーダーで敵艦艇の位置を監視する海洋偵察衛星US‐Aと、敵艦艇から放射されるレーダーや通信の電波を補足して位置を測定する電波情報収集衛星US‐Pのネットワークで構成されました。1965年からUS‐Aの試験衛星打ち上げを開始して、衛生単独では1975年から、複合体全体としての運用は1978年からとなっています。衛生の寿命からUS‐Aは1990年代、US‐Pは2000年代にはそれぞれ活動が放棄されました。
 敵艦隊の位置が判明したら爆撃機は上記のように24〜30機といった編隊で出撃、3編隊に分かれて多方向(低中高高度、Kh‐22各種を駆使)から飽和攻撃 ー 対する米空母艦隊は艦隊防空F‐14が迎撃、長距離空対空ミサイル”AIM‐54フェニックス”で対抗 ー 以上のような事態の可能性がありましたが、それは起きずに冷戦は終結となりました。仮に衝突が起きていれば双方とも甚大な被害を蒙った筈ですが、それは起きませんでした。
 しかし、Kh‐22は所を変えて実戦投入されました。現在も継続中のウクライナ戦争に於いてです。
 2022年6月27日、ロシア軍はウクライナのポルダヴァ州クレメンチューク市にKh‐22ミサイルによる攻撃をしました。標的になったのは軍用車両の修理工場のようですが、民間人への威嚇を意図していた可能性も高いと言われています。同日午後4時頃にTu‐22M爆撃機が発射したKh‐22ミサイルのうち1発は軍用車両修理工場を直撃、さらに別の1発が買い物客で混雑していたショッピングセンターを直撃しました。この攻撃で少なくとも20名の民間人が死亡、56名が負傷しました。 

DataKh−22 Burya(AS‐4 Kitchen)
全長11.7m
直径 1.0m
翼幅3.5m
発射重量5,900kg
ペイロード単弾頭 約1,000kg
弾頭350kT核 または 1,000HE
誘導方式中間誘導:慣性 終末誘導:アクティブまたはパッシブレーダー
推進方式液体ロケット
射程140〜600km
配備数760基(1988年データ)
設計ラドゥガ設計局

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By chikumade233

中台軍事兵器他、気の向くままに投稿します。

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